地球が明るくなっていて24時間ずっと電気がついてるように光ってるらしいですが
地上の光と明るさにとどまらず
AIの進化と共にあらゆるものが白日の下に晒される状況が本格化しつつある昨今、
光を欲する意欲がそのまま闇を求める気持ちを強めている実感があります。
スピリチュアル界隈では光を求める声が圧倒的に強いけれど
それが現実になりつつある今、戸惑いを覚えているのも確かです。
闇を失いつつある現在、なぜかいたたまれない気持ちがフツフツと湧き出しており、
落ち着かない心境に掻き立てられているのは気のせいではないと思う。
失った時その真価に気づかされるというのは世の常でもあるし。
易など東洋系の占術は陰陽五行が基本であるため
陰と陽があって初めてその思想体系が出来上がるという前提があり
そういう意味でも光ばかりが強くなり闇をないがしろにする価値観は
全体性を見失い、思考にも大幅な偏りが生じてしまうであろうことは
簡単に予測できることでもある。
神が死んだ、を生み出した西洋的アプローチと異なり
東洋系は全体性を基本にしている以上、まだ神が生きているという見方もできるだろう。
神=全体性 と考えるなら
神を失うとはその全体性の喪失に他ならない。神は光も闇も共に生み出した存在なのだから。
神は全体を抱いているのだから。
AIはすべてを光の下に晒すだろうが、
その時、闇という逃げ道は無くなるのだ。
裏も表も無い存在として生き続ける事を意味するのだ。
光の下の合一というととても理想的な美しさを感じるが
その一方でその表現が単なる美文であり神を偽る態度であることも事実ではあるまいか。
神は死んだ
そして神の亡骸まで葬り去り
その存在を完全に見失いつつある。
綺麗な言い回しに酔いしれ
創造主を見失い
全体性を見失い
狭量な細部に意識を引きずられ
その眼はやがて何を見る事もできなくなり
自分自身を見失うことになってしまいそうで
技術が既にある臨界点を超えて暴走し始めたという印象を
持たざるを得ない、そんな気がしています。


